あらすじをみたときはまたしても男の浪漫をうたってひとり去るエンドフラグがたちすぎていて絶望しましたがまさかのくっつきエンド。冤罪でした。ごめんなさいそしてほんとうにありがとう。
みわくんもヒヅキさんもさいこうにいいおんな。
ヘレンもイヴェットもさいこうにいいおんな。
なのにジャスティンときたらもう!マダオなんだから!
と、初見ではヘレンの件に関するジャスティンのマダオっぷりにやきもきしたのです。イヴェットとのハッピーエンドはそれはそれはうれしかったのですが、ヘレンもイイ女すぎて、みわくんがすきすぎて、予定調和のためとしてもそれにしてもジャスティンったら!とおもってしまったのです。
でもきっとみわくんとヒヅキさんはタニオカくん(ちがうジャスティン)のマダオっぷりについて語り明かしたにちがいないのでイイヨイイヨーとも。
たぶんイヴェットは、町でふとケーキ屋の前を通りかかったときに「ヘレンのつくったケーキうまかったなあ」ていっちゃうジャスティンに「ふーん」とかいいながら生きていくんじゃないかなあ@陽月茶、と、わたしもおもいます。
何か、苛つくわ?!て、イヴェットもケーキつくろうとするんだけどそこは伯爵令嬢らしく、ケーキって、何で出来ているのかしら?!からはじまり、王道の中の王道、ケーキ爆発、珍味ケーキ作成などの経過をたどり、くるしむタニオカくんちがうジャスティン。ご、ごめんなさい!味、おかしいわよね?!無理しなくていいのよ。無理はしてない。食べるよ、君が作ったんだもの。みたいなタニウメを所望。
はなしがそれた。
しかし、けれども。回を重ねるごとに、マダオっぷりが気にならなくなってきたのですフシギ。ていうかジャスティンてマダオ?いいえ、いいおとこです!
だってタニオカくんだしタニオカくんだからダメなところでさえきらめいてみえる魔法。ももちろんあるのだけれど、ふたりがすれちがってしまったのはヘレンが臆病になったから、という理由もそれはそれは大きいということに気づいたからです。でもヘレンを臆病にさせる理由をつくったのはジャスティン!もう!
…あれ、やっぱりジャスティンてマダオ?
しかしヘレンがいるのにイヴェットとヤっちゃうところ、わたしはイヴェットもヘレンもどちらもだいすきだからどうしても好意的に解釈できないのです。みなさんどうやって腑におちさせているのでしょうか!ぜひとも聞きたい。
イヴェットかヘレンどちらかを選べればきっと自分の中ではおちつくとおもうのだけれど選べっていわれたらそこは迷わずイヴェットだけれど「何も云わないでかわいそうとか本当にそう思うならここにいて・・・っ!」ていうヘレンがすきすぎるので困った。グザヴィエさんでもらんじゅ男爵でも会計士でもいいからとにかくあのかわいいこ一刻もはやくしあわせにしてくれませんか。
そして今日、前楽。
一週間間があいたのだけれど、間に何があったの!と聞きたくなるくらい台詞回しが完全にべつものでした、ジャスティンの。
いくらタニオカくんが日替わり演技だからってあそこまでの変化ははじめてみた。
知人の母上がジャスティンみてタニオカくんに惚れてかえってきた、といっていて、ヒヅキさんとみわくんに惚れるならともかく!とおもっていたわたしをひっぱたいてやりたいです。
タニオカくんが、恰好よかった。
どうしよう。
タニオカくんて、あんなに恰好よかったっけ。
正塚芝居っぽくなってた。台詞回しが。タニオカくんて語尾に力をいれてしまう節があるとおもうのだけれどいい具合に力がぬけて何といえばいいか、とにかく恰好よかった。
ヒヅキさんが目をとろん、とさせて見つめてしまう理由がわかった。
なぜ気づかなかったか。それはヒヅキさん見すぎてタニオカくんの顔よくみてなかったからですわたしの莫迦。
“恰好いい”
そうおもった瞬間、シューマッハ時代のタニオカくんおもいだしてぶわっとなりました。末っ子が、こんなにおおきくなって、そして卒業してしまうなんて。
どうしようジャスティン、本当にあえなくなってしまう!
と、ジャスティンにしがみついて上下にぱたぱたするイヴェット。
がさいこうにかわいいとおもいます。何であのこは一挙一動がああも非現実的にかわいいのかしら…
回想のイヴェット(18さい☆)の破壊的なかわいさはどの言葉でいいあらわせばいいかわからない。
おもいだせるだけかいてみよう。「しらないことがたくさんあるから。でもあなたはジャスティン!」かわいい。「あーん!また暗くなっちゃう!」て拳をふりおろす(何か表現がおかしいですが何ていったらいいのだろうあの仕草)ところかわいい。「はじめてよ。」そうか。かわいいなおまえ。「キスして」ヒヅキさんに何回キスをせまらせれば気が済むのだ正塚!あと斉藤!
もちろん朝チュン後の乱れ髪イヴェットさんもだいすきです。パラプリのときいちばんすきだったのが月日がながれたあとの母キャサリン鬘だったのですがヒヅキさんは鬘飾り職人というだけでなく、鬘で時の流れを感じさせるのがうまいなあ。ヒヅキさんのただならぬこだわりもきっとそこにある、はず。
「耐えるつもりなんてない。ただできることをよりよくやりたいと思うだけよ」
今いる場所でできる最善を。
ないものを嘆くよりあるもので叶えられる幸せを見つけるわ、意地でも。
云っているのはまちがいなくイヴェットなのですがどうにも中の人がかぶって目から水がしたたって仕方ない場面です。私のヒヅキさん観を見事にみすかされたようでくやしい正塚せんせいめ。
人生はおもうよりあっけなく色あせるけれど、なら必ずその逆だってあるはず。ふとした瞬間にモノクロだった世界が色づく、そんなときがくるはず。
それがラストシーンなのですね。
さいごの役がイヴェットでよかった、というヒヅキさんフアンの方の言葉をそこここで耳にしましたが、わたしもおもいます。
ひづきはな最期の役がイヴェットでよかった。
ショー。
芝居はもとよりショーでヒヅキさんをどれだけオペラグラスでピン撮りしてもあきないのはショーなのに当たり前のように芝居をしているから。息をするように芝居をしてくるくるかわる表情、しゃべらなくても表情からわかる感情のながれ、それが毎回ちがうから。
そう考えると研2のヒヅキさんに一切しゃべらないアメユキという役をふったフジイくんはすごいなあ。
しろいふわふわドレスのヒヅキさんが天使にみえてこまる。
水色おうじを瞳にうつしたヒヅキさんの笑顔が砂糖菓子のようでおなかいたい。
場面かわって目に痛い色調の場面のヒヅキさん。↓

びっくりするくらい似てる。体勢が。
腰と肩が効いているヒヅキダンスがだいすきです。
ヒヅキさんがどの場面をすきかえらべないくらいわたしもぜんぶすきすぎていちばんすきなヒヅキさんを選びづらいですが、スペイン衣装のばめんで銀橋をわたるタニオカくんをみつめるヒヅキさんの表情はデュエットダンスやタニオカくんと一緒にでてる他の場面でみせる表情とすこし違う気がして特別です。
タニオカくんが銀橋をわたっているときヒヅキさんは静止しているので思う存分タニオカくんを見つめているわけです。
妄想アテレコをするならば
「このひとと一緒に舞台に立てて相手役ができていちばん近くで階段をおりてくる姿をみられてしあわせだなあ、私。」
そんな表情。
この、最後の“私”が感じられる表情だから特別なのかなあとおもいます。たとえばタニオカくんと踊っているときは「ゆうがさん」にむけた表情であり、ほくしょうさんと踊ればほくしょうさんに向けた表情であり、誰かしらにむけた表情が多いから、この瞬間のヒヅキさんがいちばん退団を意識させる気がするのです。私に。
ギリギリ前日にしあがった・・・。
とうとう明日です。